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【大学受験】親との関係をどうするか

受験はある意味で総合力が試されます。成績が思うように向上しない場合、学習そのものよりも周辺に隠れた要因が潜むケースは珍しくありません。その中でも典型的要因の一つは両親との関係です。受験をきっかけに両親との関係がこじれてしまい、これが直接または間接的原因となって不本意な結果に終わる子を数多く見てきました。

実際の指導業務では、たとえ一般的なアドバイスにせよ生徒の家庭環境に立ち入ることは禁忌とされますが、この問題は重要かつ普遍的な問題であり、合否を分ける隠れたキーポイントです。

これから述べることは、ある価値観を道徳的に強制する話ではありません。あくまでも、大学受験で成功するためにはそれに適した心理状態があるという話です。心理的テクニックといってもいいでしょう。

古来から、ギリシャ哲学・仏教・諸子百家などで様々な思想家が、自己をどのように認識しどのような価値観を持つことがハピネスと生産性を高めるか研究してきました。本稿は、時代を問わず人が直面する心理的危機への解決策を、受験生向けに提示するものです。

目次

前向きになれない性格の根本的原因は何か

心理状態がパフォーマンスに与える影響は大きい

学を志した人であれば、自分の心理状態が学習意欲や集中力に影響を与えていることに気付かない人はいないと思います。やる気がでない、イライラする、不快な体験を思い出す、暗い気分になる…こういったネガティブな感情によって日々の生産的な行動への動機づけが妨げられることはよくあります。

もちろんこうしたネガティブな感情もまた、人間の自然な感情の一部です。しかし、難関校に合格するという、ある種"不自然な"成果を達成しようと思えば、自然な感情に流されたままではいけません。より前向きに日々の学習に取り組むことができれば、合格への大きな追い風となります。

とはいえ、単に「前向きであろう」と思うだけで前向きな感情がふつふつと湧き上がってくるのであればだれも苦労はしません。では、こうした心理的問題を解決するにはどうすればよいでしょうか。より簡潔にいえば、どうすればやる気に満ちた状態で毎日を過ごせるでしょうか。

最終的には両親との関係に行きつく

こうした心理的問題は、究極的には生まれてから最初に接する他人であり最も深い関係を築く他者、つまり両親との関係に行き当たります。人格形成に最も影響を与え、対人関係のモデルとなる存在だからです。しかし、どうして自分は前向きな性格でないのだろう、その原因はなんだろう、両親との関係や幼少期の過ごし方に問題があったのではないか、そういえばあの時嫌なことを言われた、今も親にうるさく言われてやる気を削がれている、などと色々考え込むことはよほど抑圧的な環境で育った場合でない限り不毛な作業となります。

「よほど抑圧的」とは、具体的にいえば、一切の反抗や口答えが許されず、ただひたすらに服従しなければならないほどの身体的暴力や精神的恐喝を受けた場合です。しかし、親が絶対者として君臨する抑圧的環境で育った子は、親から見捨てられては生きていけない幼少期の段階で親に対する敵意を深層意識に封じ込めるため、反動としてむしろ両親に盲従するようになります。従って、両親に対する敵意を自覚することすら困難です。言い換えれば、両親に対し不機嫌な態度を示した経験が一度でもあるような子は、こうした「抑圧的環境で育った子」のケースに当てはまりません。親に対する敵意を自覚できることは、逆にいえば、子が敵意を持つ自由をその親は許している証でもあるからです。「お父さんからこういわれて傷ついた」「お母さんは何も分かってくれない」そういった不満を漏らす子はよくいますが、あなたの両親が仮に理想的な親でなかったとしても、あなたも同じように理想的な子ではないはずです。親は最も身近な存在ですが、自己とは別個の人格です。多少の摩擦と意見の違いはあって当然であることにまず気づきましょう。

負の感情の原因を考え込まない

ネガティブな性格因子が形成された原因を完璧に解明する必要はありません。原因が何であれ、目の前にある薬を飲めば治るなら、ただ飲めばよいだけです。これから述べる心理療法は、まさに薬に当たるものです。明確な効能が科学的に確かめられています。私は目の前に薬を差し出すことはできますが、無理やり飲ませようとは思っていませんし、そうできるものでもありません。あなたの意志と選択次第です。

感情は、直接的にはコントロールできない

心理的問題を解決するにあたり最初になすべきことは、主観的感情客観的事実とは違うという気付きです。しばしば人間は、主観的感情をそのまま客観的事実と看做してしまいます。そうすると人間の脳は、恐怖や不安を感じる偏桃体が過度に興奮してしまいます。過度に興奮した偏桃体は前頭葉の機能を低下させ、理性的な判断ができなくなってしまいます。そのため、主観的感情と客観的事実とを区別できるようにならなくてはいけません。

主観的感情と客観的事実とを区別するとは、主観的感情は自分自身そのものではないと気付くこと、感情自我から切り離すことです。言い換えれば、感情そのものは自分自身の本体ではなく脳の中で発生する現象にすぎず、感情を客観的に認識する主体こそが本質的な自分であると気づくことです。

ある感情が生まれること、これ自体はどうしようもありません。感情はいわば習慣的に、自動的に、自然に湧き上がってくるものであり、私たちの意識は生まれてくる感情を後から認識する受け身の立場にすぎないからです。したがって、感情自体をコントロールしようとしても上手く行きません。ネガティブな心理状態を無理やり肯定的に思い込もうとするだけでは、表面的な対処にしかならないということです。

より根本的な解決のために、感情が生まれる仕組みを理解しておく必要があります。ある感情が生まれる背景には、前提として思考に基づく価値判断基準があります。つまり、思考に基づく価値判断基準を適切にコントロールすることで、間接的に感情をコントロールできるのです。

あらかじめ思考をめぐらし、受験生として適切な価値判断基準を構築しておけば、ネガティブな感情の生起をできる限り抑えることが可能になります。では、具体的にどういった価値判断基準を形成すればよいでしょうか。

脳内ホルモンの分泌をコントロールする

結論からいえば、できる限りコルチゾールの分泌を抑え、エンドルフィンの分泌が促される感情が生起してくる価値判断基準をもつことです。

コルチゾールとエンドルフィン

コルチゾールとは、人間がストレスを感じた時に分泌される副腎皮質ホルモンであり、長期的に過剰に分泌されると脳の機能が阻害されることが分かっています。それに対しエンドルフィンは、人間が幸福を感じたときに分泌されるホルモンで、心身を癒し、前向きな感情が沸き起こり、認知能力を向上させます。端的にいえば、頭が良くなります。

どうしたらエンドルフィンが分泌されるか

ではどうすればコルチゾールの分泌を抑え、エンドルフィンの分泌を促すことができるでしょうか。エンドルフィンの分泌それ自体が目的ではありませんから、数時間瞑想に没頭するなどといった実現のハードルが高いものではなく、受験生としての日々を送る中で自然に実践できる行動様式である必要があります。

受験生が日々の生活の中で実践できるエンドルフィンの分泌を促す行動、それは感謝の心をもつことです。人間の脳は、人に対してであれ物に対してであれ、感謝した際にエンドルフィンが大量に分泌されます。

こうした反応は人それぞれだと思うかもしれません。しかし、人間は精密機械のようなものです。人間を一つの機械とみなした場合、刺激に対してある程度の共通した反応を示すことは明白です。

私たちの脳や神経系は同じ構造を有しています。とすれば、世界中の人々が基本的には同じような反応や判断を下します。もちろん、個別具体的な反応や判断には、文化による条件づけが加わり、文化は多様ですから、全ての人が完全に同一の反応を示すわけではありません。

しかし、現在の日本に生まれ育った皆さんは、おそらくは相当に高い確率で似通った文化的環境のもとに育っています。とすれば、感謝する行動が、人間の標準的反応であるエンドルフィンの分泌を促さないことは殆ど考えられないでしょう。

感情のコントロールは修得すべき技術

他者や他物に感謝することを一つの動作、振る舞い、もっといえば技能ととらえてください。技能であるからにはトレーニングが必要です。「感謝を練習する」というと奇妙な響きに聞こえるかもしれません。しかし、感情とは、習慣や価値判断をベースとして自然に湧き上がってくる現象であり、習慣や価値判断をコントロールすることでしか操作できないという話を今一度思い出してください。感謝は人として重要な振る舞いであるという価値判断基準を確固としてもち、それを身体的なレベルで実感できるよう習慣化に務めて意図的に繰り返し実践する必要があるのです。

感謝はエンドルフィンの分泌を促すだけでなく、反省の気持ちを生みます。反省は改善の意志を生み、自然と努力できるようになります。前向きでやる気に満ち、改善しつつ努力を継続できる心理が受験に圧倒的に有利に働くことは明らかでしょう。

最初に述べたことを繰り返しますが、これは道徳を説いているわけでありません。効率的に合格するためには感謝の価値観を中心に据えたメンタリティが一番うまくいくことを説いています

皆さんの多くは、現在、両親の援助のもとで生活していると思います。お父さんは、外で働く中で嫌なこともたくさん経験しているでしょう。お母さんは、眠たい中でも毎日お弁当を作ってくれているかもしれません。そういった環境で生まれ育ち受験に挑めること自体が両親から大きな恵みを与えられていると気付き、今一度深く実感することは、あなたが合格するための大きな助けになります。

大部分の高校生・浪人生は、社会から守られた存在です。社会には残酷で生々しい理不尽な部分があるにも関わらず、両親や善意ある社会の好意によって守られているからこそ受験勉強ができている部分は間違いなくあります。

特に、県外への進学や独り暮らしを許してくれないと不満を漏らす子は多くいます。しかし、子の学費は、多くの親にとって住居や土地の売買に次ぐ大きな出費です。それを子とはいえ自分以外の他人に出捐するわけですから慎重になるのは当然です。それに見合う価値が自分にあることを証明する責任は子の側にあります。

中には劣悪な環境に育ち、生活保護などすれすれの環境で勉強している方もいるでしょう。もしかしたらアルバイトしながら自分で学費を貯めているかもしれません。世の中には色々な人がいますから、本当に酷い両親も存在します。物理的な虐待だけでなく、感情的に恐喝し精神的な自立を妨げる心理的虐待を行う両親も現実に存在することは間違いありません。しかしそういった場合でも、社会全体からはなお温かく見守られている事実を今一度意識してみてください。そもそも生活保護や母子家庭扶助は、社会全体の構成員が血を流して納めた税金を基に支給されるものです。そしてその税金の一部は皆さんのご両親が納めたものです。あるいはそうした子は貧困家庭向けの授業料免除などの優遇措置を受けているかもしれません。こうした制度には学校の宣伝の側面もありますが、社会福祉の一面も同時にあります。そもそも、生まれついての身分による差別が極端に激しくあるわけではない今の日本社会で受験という公平な競争に挑めること自体が感謝を感じられる環境ではないでしょうか。時代が時代なら、そのような生まれの人は競争のチャンスすら与えられず、社会から無視され、場合によってはうら若くして命を落としていたはずです。

繰り返し述べますが、私は周囲への感謝を強制しているわけではありません。そうできない人が道義的に劣っていると非難するつもりもありませんし、甘ったれるなと説教したいわけでもありません。私はあくまでも、周囲の人や環境に積極的に感謝する価値観をもっている人の方がうまく行きやすい事実、逆に感謝の念が薄い人は心理的に自滅していきやすい事実を述べているだけです。

両親や教育的指導者や友人に限らず、社会のあらゆるものの中から、感謝の念を覚えることができる存在に思考をめぐらし、それを発見し大切に思うことが大事です。犬や猫など動物との交流に心救われることもあるでしょう。あるいはコンビニで買い物一つをするにしても、その便利な商品を開発した人がいて、製造する人がいて、流通してくれる人がいるからこそ物が買えるわけです。そういった身近な事象に感謝の念を覚える訓練・トレーニングを意識的に積むことです。そうするとこで、コルチゾールの分泌を極力抑え、エンドルフィンの分泌を促し、結果としてネガティブな感情が生起することを極力抑止し、明晰な前頭葉の活動を促していくのです。

進学という重大な分岐点において、一時の感情に振り回されて不本意な結果に終わらないよう、老婆心ながら願っています。

負のモチベーションでは上手く行きづらい

そもそも復讐的な動機や他者を見下す動機による受験勉強は苦しいものです。コルチゾールが大量に分泌される中での戦いになるので、勉強が進めば進むほど苦しくなっていきます。それでもストレス耐性が高い子は、受験日までは戦い抜ける場合もあります。しかしその場合、たとえ合格したとしても、受験が苦しい体験として記憶され、そのような苦しい体験を乗り越えた自分は他者よりも優先されるべき特別な存在だ、というふうに「苦難」に対する過剰な執着が生起してしまいます。苦難への過剰な執着は、華やかに前向きに生きる人をむしろ「楽に生きていて道徳的に許せない」とすら感じるようになります。こうなると人格的に大きな歪みが生じます。大学生活もうまくいかなくなるでしょう。場合によっては、成績不良や人間関係などで中途退学に追い込まれ、学相ならずの結果に終わってしまうかもしれません。世の中は理不尽で残酷な部分がありますが、かといって反社会的な価値観が堂々と通じるほど甘くもありません。

大学受験は、学問の終わりではなく、そのスタートラインに立つためのものです。学問そのものを仕事とせずとも、会社員、資格職、子育てなど、あらゆる局面で新しい技術と知の体系を学ぶ必要はでてきます。したがって、学びに苦しいイメージをもってしまうことは、今後の人生に大きなハンデを負うことを意味します。負のモチベーションで勉強して合格すると、とかく学ぶことは苦しいものだというイメージがついてしまいます。

やる気の正体

勉強しなくちゃいけないなあ、合格しないと後で困るよなあ、と思っているだけではやる気はでません。それは単に勉強しなければならないことを知っているだけだからです。また、机に向かって10分もすれば他のことに気が向くような心理は、そもそもやる気とは呼びません。身体の内側から、すなわち脳内ホルモンをコントロールすることで、自然と湧き上がる継続的なモチベーションを手に入れましょう。

ドーパミンの分泌を促すことでやる気を出すテクニックもありますが、ドーパミンに過剰に依存すると脳はより強い刺激を必要とするようになります。そのため、連続的な強い刺激を求めるようになり、それが満たされないと抑鬱的傾向が現れ、メンタルヘルスに影響を与える危険があります。具体的にいえば「10時間勉強したらケーキを食べてよいことにする」といった脳の報酬系を刺激することでやる気を促す方法は、最初は効果があっても徐々により強い刺激でないと脳が満足しなくなります。結果として長続きしません。短期的に爆発的なエネルギーを引き出す際には有用ですが、持続的・継続的な学習活動を行っていくためには、エンドルフィンを中心とした考え方の方が圧倒的に上手くいきます。コルチゾールの分泌を抑えエンドルフィンの分泌を促すことで、安定した前向きで強い意思を手に入れましょう。

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