「最後まで諦めなかった者が勝つ」一度は耳にしたことのある言葉だと思います。当たり前に聞こえ、あまり心に響かないかもしれません。しかし、この言葉は単なる精神論ではありません。これは、直前期の過ごし方の結果に与える影響が如何に大きいかを示しています。これからの一か月は単なる一か月ではありません。合否に重大な影響を与える一か月です。
十分な学力を持ちながらも大崩れして不合格となる子もいれば、乏しい学力資本を効率的に活用し逆転合格する子もいます。熱意をもって机に向かい続けてきたものの最後の一か月で勢いを失い不本意な結果に終わる子がいる一方、受験生として理想的とは言い難い生活を送ってきたものの最後に大きく巻き返し、運も味方につけ予想外の大学に合格する子もいるということです。これらは間違いなく例外的現象ですが、一定数は必ず発生する現象でもあります。
順当な合格または予想外の逆転合格を果たすためには、最後までモチベーションを保ち続け、効果的な学習を継続する必要があります。これは明確に戦略が必要な場面であり、単なる気持ちの問題ではありません。
目次
受験生が置かれている状況は各人で異なる
直前期をどう過ごすかを具体的に考えるために、受験生は正確に自分の現状を把握する必要があります。受験生が置かれている状況は各人で異なります。当初は同じ位置からスタートしたとしても、終盤ともなると人により大きく実力の差が開いています。従って、直前期をどう過ごすべきかも、各人の立ち位置により大きく異なります。自分の立ち位置を客観的に知る最善の方法は、模試の判定です。
模試の判定は、全体でみれば非常に信頼性が高い。ただし・・・
よく「模試の判定は当てにならない」と主張する人がいます。本人がE判定から合格した実体験を過度に一般化しているケース、不安を和らげるために慰めとして言っているケースなど色々なケースがありますが、一度は聞いたことがあるでしょう。
しかし、全体からみれば模試の判定はかなり正確です。A判定ならば十中八九は合格しますし、E判定なら十人中一人受かるかどうかです。個別の例外はいくらでも指摘することが可能であるにせよ、A判定が圧倒的に受かりやすく、E判定が圧倒的に受かりにくいことは間違いありません。
A判定の人は、それだけ修練を積み重ねてきたわけであり、合格する高い正当性があります。一方で、E判定からの逆転は物語としては面白いですが、それは滅多に起こるものではないことの証左でもあります。中には逆転合格の望みに心理的に依存し、甘えた精神になってしまっている子もしばしばみられます。努力が必ず報われるわけではありませんが、努力しなかった人が土壇場で簡単に逆転できるほど甘くもありません。
とはいえ、ここで心に引っかかるものがあると思います。すなわち「A判定なら十人中八・九人は受かるというが、では落ちた人はどういう人か」「E判定で受かるのはどういう人か」という疑問です。
性格的に試験本番に強い人・弱い人や、極端に得意・不得意の差がある人、体調の良し悪しなど、色々な原因はあります。しかし最も普遍的な原因は直前期の過ごし方です。
A判定で落ちる人、E判定でも受かる人は確実にいる
いうまでもありませんが、ペーパーテストは万人の中から公平に優れた人物を選び出すという理想はあるものの、効率性の観点からある種の不完全性を放置しています。試験は極めて短い時間で実施されるため、たとえ如何に実力を涵養していようとも、特定の数日間の記憶や理解が基準に達していなければ恒常的に能力が不足していると判定され、逆に、たった数日間のみ、それもペーパーの試験問題の枠内の問題さえ解ければ、いかに他に穴があろうとも修学する資質があるとみなされます。これがペーパーテストの選抜機能としての限界であることは間違いありません。
しかし、現実としてこのような制度である以上、受験生としては突破することでしか解決策はありません。再現できる記憶・理解を試験当日にいかにピークにもっていくかは、受験期全体を通して考えなければならないテーマであり、直前期においてもまた、A判定を取ってきた高い実力を備えた者はそれが発揮できるよう、逆にE判定しか取れなかった低い実力しかない者はボーダーまでの得点を如何にしてもぎ取るかを考えなくてはなりません。
ここが上手く働いてこそ、A判定をとってきた苦労が報われますし、E判定からでも合格できる僅かな希望を残せます。言い換えれば、直前期の対応を間違えればA判定でも落ちる可能性があるし、直前期に最善を尽くせばE判定でも受かる可能性があるわけです。
サンプル数が少ない大学のC判定には要注意
特に注意して欲しいのは、地方国公立大志望(特に公立大学)のC判定の子です。地方の国公立大学では、正確にABCDEの五段階に刻むほど十分なサンプル数を集めることが出来なかった場合、最初に80%の合格率となる得点ゾーンをA判定とし、次に60%の合格率となる得点ゾーンをB判定とし、その後にA判定とB判定との得点差をそのままB判定のボーダー点から引いてC判定のラインと設定しているケースがよくあります。この場合、当然ながら、統計的データに基づいてC判定を設置しているわけではありません。一般的に40%~50%の合格率とされるC判定ですが、サンプル数の少ない地方国公立大の場合、実際には20%未満しか合格していないケースがしばしばあります。サンプル数の多い有力大学の場合は大丈夫ですが、受験生が少ない、特に地方の公立大学を希望する受験生でC判定の子は、一般にいわれるC判定よりもかなり厳しい立ち位置にいることを自覚しなければなりません。
直前期の過ごし方
それでは、受験生としては具体的にどのように直前期を過ごすことが最適な戦略となるでしょうか。直前期の過ごし方が重要なこと自体は、受験指導者ならみな熟知しています。そのため、いわば公式的な指導が確立されています。すなわち「今まで自分がやってきたことを思い出し自信をもって試験に挑め」「復習に徹し、新しい教材には手をだすな」「受験当日までは規則正しく生活せよ」「焦らず落ち着いて過ごせ」といったものです。
しかし、これらは最大公約数としてのフレーズであり、それゆえに誤解が生じやすいといえます。丁寧に解釈しなければ、大きな間違いを引き起こす可能性があります。
①「今までやってきたことを思い出し自信をもて」の意味
入試当日の話であって直前期の話ではない
パフォーマンスを最大限発揮するために、自信が不可欠な要素であることは間違いありません。このことを、少し角度を変えて説明してみましょう。問題集を解いていて分からない問題があったとします。模範解答を見てもどうしても納得できない。そこで調べてみたところ、誤植であり本当に模範解答が間違っていたケースがあります。このような場合、その後その問題集で別の解けない問題に当たったとき、誤植の疑いが頭の片隅をよぎるようになり、模範解答を見ても理解のペースが遅くなってしまった。そのような経験はないでしょうか。このように「疑い」はパフォーマンスにマイナスの影響を与えます。
試験を受ける立場からより一般化していえば、問題を解く際に、これは以前に自分が解いたことがある問題と同レベルの問題だと思って解くのと、一度も解けたことがないレベルの問題だと思って解くのでは、正答率に有意な差が生じます。一言でいえば「自分の手持ちの知識で解ける」と思いこんで解くのと「手持ちの知識だけでは解けない問題かもしれない」と疑いながら解くのでは、思考の効率性に影響が生じるということです。
従って、試験当日に強い自信をもって問題に当たることは非常に重要です。しかし、だからといって自信が常にパフォーマンスの向上に寄与してくれるわけではありません。なぜなら、自信とは達成によって形成されていくものであるところ、達成は満足を生み、満足はモチベーションの継続を阻害する危険があるからです。
「早すぎる達成感」が悲劇を生む
この問題については、University of ChicagoのAyelet Fishbachが著した『Motivation Resulting from Completed and Missing Actions』という論文が参考になります。これは、目標に対するモチベーションが高まるのはどのような場合かを研究した論文です。
この論文では、意識状態を二つに分け、それぞれが目標達成のモチベーションに与える影響を調べています。
具体的にいえば、目標達成のために今までやってきた実績に意識を向け自信を得ることでモチベーションを獲得しようとするアプローチと、目標達成のために未だ成し遂げていない残りの課題に意識を向け危機感を持つことでモチベーションを獲得しようとするアプローチです。より簡潔にいえば、過去の実績を意識するか未来の課題を意識するかという問題です。
直観的は、どちらのアプローチにも魅力があるように思えます。しかし、この論文で示された結果は、後者のアプローチの優位性でした。すなわち、今までの実績を意識するよりも、未だ成し遂げていない課題を意識する方が、高いパフォーマンスを発揮できるというものです。
人間は達成感を感じると、ある種の心理的バランスをとろうとする傾向が出てきます。つまり、早すぎる達成感を持ってしまうと脳は怠けはじめ、モチベーションが低下してしまうということです。それに対し、達成感が不満足な場合は、脳は目標達成のために必要な課題を認識し、現状と理想との間にある溝を埋めるべく、より深い注意、情報の的確な処理、意志の力などに多くのリソースを分配するようになります。つまりモチベーションが向上します。
したがって、試験当日を迎えるまで達成感を持ってはなりません。そもそも、【大学入試】文系理系に関わらず、英語を最優先すべき3つの理由で述べたように、受験当日とは大なり小なり間に合わない部分を抱えたまま迎えるものです。よって「まだ自分にはやらなければならないことが残っている」という事実に意識をフォーカスしてください。不安を和らげようと「自分は今までこれだけやってきたんだ」と考える人がいますが、「自分はこれだけやった」という事実に意識を向けることは精神的安寧をもたらす一方で持続的なモチベーションの維持を阻害します。
この問題は突き詰めていけば、「足るを知る」という心理的幸福と「成果を達成する」という社会的幸福との衝突であり、非常に難しい人生の矛盾を内包します。しかし、受験生としては、この差し迫った時期に哲学的な問題に入り込まず、まずは合格しましょう。大学受験は時間的コストに対してリターンが極めて大きいため、ひとまず学歴を身につけその後に人格に直結する価値観を構築することが合理的順序だからです。
②「復習に徹し、新しい教材に手を出すな」の意味
AB判定の場合
直前期は新しい参考書や問題集に手を出さず今までの復習に徹する、これが王道であることは間違いありません。大学側としては、効率性の観点から、せいぜい二日程度の短い時間でその人の知的資質を判別せざるを得ません。受験生の立場からいえば、いかに実力があろうと試験当日にそれを発揮できなければその学力は無かったものとみなされてしまうわけです。
今まで修練してきた知識や体系的理解を当日に発揮するために最も効率的な方法は、今までやってきたタスクの復習を徹底することです。一度でも学習したことを思い出す作業は新しいことを学習するよりも極めて容易だからです。今まで学習の成果を試験当日に最大限再生できるよう復習を徹底しましょう。AB判定の場合は、これで順当に合格します。
CDE判定の場合
その一方で、CDE判定の子がこれをこのまま実行していては合格しないこともまた明らかです。受験は、体系的理解・記憶とを如何に積み重ねていくかという側面と、それを当日に如何に発揮するかの二点で構成されると考えれば、当日に集約させていくべき前提となる学力そのものが欠如している場合には、体系的な知識を少しでも構築するためにギリギリまで粘らざるを得なくなります。
特にE判定でこのままでは合格が絶望的な子が少しでも可能性を上げるためには、志望校のレベルに合った体系的な一冊をやり遂げることです。この際、例えば初日に20ページ進めたとしたら、次の日は21ページから始めるのではなく、必ず前日に学習した1~20ページを復習してから21ページ目以降の学習に進んでください。そして35ページ目まで進んだとしたら、その翌日もまた1ページ~35ページまでに目を通し、覚えるべきポイントを想起し確認してから36ページ目以降に進みます。そして、最後のページを終える頃、すなわち試験当日直前には、全てのページについて短時間で復習ができるように仕上げます。ノートは、記憶すべき事項をピンポイントで抜き出すだけ、もしくはどうしても整理したいところだけ部分的にまとめるにとどめ、できる限りノートを作らず、参考書や問題集の余白に書き込みその場で理解・記憶するようにします。要点は抑えつつも完璧主義にならないようにし、きちんとその場で理解し覚えつつ、一冊をやり遂げることが重要です。
③「規則正しい生活習慣を保つ」の意味
AB判定の場合
AB判定の子は、試験当日のスケジュールに合わせ就寝・起床し、体調を万全に整えることに集中します。夜更かしをせず睡眠をしっかりとり朝は決まった時間に起きましょう。ヤクルトやミルミル、ビオフェルミン等を複合的に用い、胃腸の調子を整えておくことは頭の働きを保つ上で重要です。
どんなに高い資質があろうと、試験当日に体調を崩し実力を解答用紙に表現できなければ修学する資格がないと判断されるのがペーパーテストの恐ろしいところです。細心の注意を払って万全のコンディションを作り上げましょう。
CDE判定の場合
これに対し、CDE判定の子は、睡眠時間を削ってでも、それこそ倒れるくらいの覚悟で勉強しましょう。どんなに試験当日の体調がよくても、その前提となる学力自体が欠如しているにも関わらず合格することはあり得ません。
ただし、この場合でも、昼夜が逆転してしまい試験当日に強烈な睡魔に襲われてしまうリスクには対処しなければなりません。この点、人間の体内周期は25時間といわれ、人は一般に夜更かししやすい性質をもっています。これを逆手にとり、試験一週間前ぐらいから、7時に寝る→12時に寝る→16時に寝る→20時に寝る→24時に寝るといったように、ぐるりと一回転させて無理やり戻せば何とかなります。体に負荷がかかりますが、それくらいの代償は支払いましょう。
このように、合格する蓋然性が高いAB判定の子とこのままでは不合格になる推定可能性の高いCDE判定の子とでは体調管理の優先度が異なります。難しいのは、しばしば逆の現象が起こることです。つまり、AB判定をとってきた子はやはり真面目な子が多いため多少身体の不調を感じてもがむしゃらに頑張ってしまう傾向があり、一方でCDE判定の子はのんびりと体調を整える傾向があります。
一発勝負の怖さを認識し体調を整えることが重要であると同時に、前提となる学力が無いにも関わらずいくら体調が良くても意味がないことも事実です。AB判定の子は逸る気持ちを押さえてきっちりと身体の仕上げに入り、CDE判定の子は試験終了のチャイムと同時に倒れるくらいの覚悟でやりましょう。
④「焦らない」ために
これもその通りなのですが、「焦らないようにしよう」と思うだけで焦らなくなるなら誰も苦労しません。直前期はどうしても焦りが生じます。これ自体は自然な現象です。しかし、苛立ちを周囲にぶつけてはなりません。受験を理由に兄弟姉妹・祖父母・両親にきつく当たることは人として恥ずかしいことです。そもそも両親等に強い態度をとることは、裏を返していえば「身内であれば何をしても最後には許してくれるであろう」という気持ちがあるからであり、いわば究極の甘えの形といえます。
感謝の念を持ち、節度ある態度を心がけましょう。それが結局、あなた自身のためになります。【大学受験】親との関係をどうするかで述べたように、感謝はコルチゾールの分泌を抑えエンドルフィンを安定的に分泌させます。結果として、精神の安定がもたらされ焦りの気持ちが薄まっていきます。また、直前期に限ってはドーパミンの報酬刺激による戦略が有効ですので、可能であれば、両親や祖父母等にお願いしてなんらかのご褒美を設定しモチベーションとすることも良いと思います。
友人の中にはプレッシャーに耐えかね、意味のない連絡を頻繁に送ってくる者が出てくる場合もあります。しかし、受験は最後は一人で戦うものです。自滅していく友人に対してできることはありません。巻き込まれないようにし、我が事に集中しましょう。それは冷たい人間性を示すものではなく、大人としての精神的自律性を示すものです。
これからの一か月は苦しい日が続くことを覚悟する
以上の心がけをもってしても、直前期の学習は主観的には捗らない感覚になりがちです。大なり小なり、皆そういうものです。教科書を読んでもどこか上滑りする感覚があるかもしれませんが、ぐっと堪えて頑張りましょう。「もう十分頑張っているから、これ以上頑張ってとは言われたくない」という子がよくいますが、この時期は無理して頑張るべき時期です。気持ちは分りますが、このセリフを直前期に吐く子の不合格率は有意に高いものがあります。たとえ独り言であっても脳には無意識下で影響を与えるとする研究もあります。言葉には気を付け、前向きなモチベーションを保って最後までやり抜きましょう。