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Youtubeは役に立つが、予備校や個別指導塾を利用した方がよい場合もある
現在の受験生の環境は、その親世代の環境とは激変しています。その背景には、主に三つの要因があります。一つ目は東進衛星予備校に端を発する録画配信講義の普及、二つ目はAmazon等のオンライン書店によって定評ある受験参考書を幅広い選択肢の中から吟味した上で選べるようになったこと、そして三つ目はYoutubeや学習ブログ等の無料ネット教材の充実です。
録画配信講義については、スタディサプリが非常に安価に良質の講義を提供し、また河合塾など大手も参入するなど、ますます進化・拡大の一途をたどっています。また、Youtubeの収益化の方法が広まって以降、非常に分かりやすく且つ専門的な内容のチャンネルが数多く登場しました。しかもYoutubeは、倍速で早回ししたり分からなかった部分を繰り返し聞き返すことができますので、録画講義のメリットもそのまま踏襲しています。
実際のところ、録画配信講義、オンライン書店、Youtube・学習ブログの活用により、インターネットにさえつながっていれば、ほぼ全ての大学を狙える十分な教材をそろえられる環境に現在の高校生はあります。しかし、それでもなお、あえて予備校・塾を利用した方が良いケースは存在します。本稿では、この点を解説していきます。
予備校・塾を積極的に利用した方がいいケース
①特殊な対策を要する大学に合格したい
まず最初に、質的な問題として、最難関大やAO入試などの対策では、予備校・塾に軍配が上がるでしょう。これらは、対面によるリアルタイムの指導の有効性が高い分野です。
より具体的にいえば、1.東大京大数学、東大英語の小説問題、慶応の小論文、早稲田の現代文など高度な出題をする一般入試、2.医学部入試、3.AO入試・総合選抜型入試などがそれに当たります。
1.高度な出題をする一般入試
通常の学習であれば、まずは初歩的な知識を頭に入れ、次に実践的な問題に当たり要点をつかみ、その上で文章で解説された参考書や教科書を読み理解を深め、その上で少しレベルを上げた問題に当たっていく、といった学習プロセスを個人の頭の中だけで行うことはそう難しいことではありません。
しかし、パターンの組み合わせが非常に複雑な問題や、初見性が高い問題の場合、そもそもどういった知識を記憶しておくべきか、それらをどのように組み合わせればよいのか、どのような部分を手掛かりに閃きを生み出していくのか、といった点で、非常に高度で精密な作業が要求されます。こうした作業を自分ひとりでやろうとするとかなりの時間がかかります。
難解な英文の構造が把握できない、数学で最初の手がかりの閃き方が分からない、現代文で解答を読んでもなぜそうなるか理解できない、こういった場合に長々と独りで試行錯誤し続けることは、限りあるタイムリミットの中で合格に必要な得点力を身につけなければならない受験勉強という観点からは、厳しい言い方をすれば無駄な時間です。
このようないい方をすると、たまにピントがぼけた批判をされる方がいますが、私がここで言いたいことは、受験には明確で差し迫ったタイムリミットが厳格に定められており、そのタイムリミットの中でいかに効率的に記憶しパターンの組み合わせを習得できるかが合格のカギであるということです。そういった試行錯誤の時間が本質的に無駄だといっているわけではありません。それらの経験は、より深度を伴って英語を体得する一助になるでしょうし、数学的発想の涵養には役立つでしょうし、より深い言語能力の発達を促すでしょう。ただし、それらには”長い目で見れば"という枕言葉がつきます。受験には試験日という目の前に迫った明確な期限があります。自力で東大京大の数学や東大英語の小説問題、慶応の小論文や早稲田の現代文が解けるようになれれば素晴らしいことですが、大学受験は自力かどうかという過程を評価するものではなく、試験日までに問題が解けるようになっているかという結果が問われる事実を忘れてはなりません。独力でできる実感があれば大丈夫ですが、もし煮詰まっている感覚があるのならば、対面による指導を試してみる価値は十分にあります。リアルタイムの自分の思考を講師に伝えることで、一つ一つの思考過程に丁寧にメスが入り、思考プロセスを効率的に修正していくことが可能だからです。
2.医学部入試
医学部は、東大や京大とはまた別の難しさがあります。
医学部入試で他の学部との共通問題が用いられる場合、問題そのもののレベルは高くありません。また医学部独自問題が出題される場合でも、上位校以外ではそれほど極端な難問は出題されないのが一般的です。
しかし、ご存じの通り、医学部は最優秀の受験生が狭き門を目指して集まる筆頭の学部です。結果として、医学部入試に合格するためには、極めて高い得点力が要求されます。つまり、全科目の全分野において、欠けの無い正確な知識と理解とが要求されることになります。そのため、医学部入試では「膨大な範囲の高校過程を、正確に記憶・理解し、それらを柔軟に組み合わせてアウトプットする能力を短時間で習得する」という網羅性と正確性と効率性とが、最も厳しいレベルで要求されます。
さらにいえば、知識や理解にはメンテナンスが必要です。放置していては思い出せなくなりますし、概念操作もうまくできなくなっていきます。そのため、受験当日に最大限の実力を発揮できるよう、獲得した知的技術を保持できる効率的なメンテナンス体制を築く必要があります。一言でいえば、受験科目全体を通じて高度なマネジメント能力が要求されます。
医学部入試のこれらの特徴から、分からないところがあればすぐに質問できて解決でき、しかも適切なメンテナンス体制を整えてくれるカリキュラムを準備してくれる機関があれば、それを利用した方が圧倒的に有利となります。このような点から、医学部受験は、予備校・塾を利用するメリットが大きい分野です。
3.AO入試・総合選抜型入試
AO入試・総合選抜型入試では、ほとんどの場合小論文が必須です。小論文も独学では実力が伸ばしにくい分野です。そもそも大学側が小論文を課す目的自体が、受験特有のテクニカル的な戦略性を排除したナマの知性を計ることにあります。日本の大学以前の教育課程では、アカデミックな文章を書かせる訓練は行われていません。論文には様々な論理的作法があるところ、これらは大学もしくは大学院を通じて獲得すべき能力とされています。逆にいえば、それらの論理的作法を意図的に学習する以前の段階において論文らしきものを書かせた場合、個々人のセンスがストレートに文章に反映されやすくなります。出題側としては、本来はこのような剥き出しのセンスを見たいのだと思います。英数国理社は、ある面では予備校や塾によって攻略され尽くされている面がありますので、そういった人工的に培われてきたテクニック性を剥ぎ取り、なるべく生来の学問的センスとでもいうべき知能そのものを小論文によって計りたいというのが大学側の本来の意図でしょう。
そして、予備校・塾の側でも、小論文の指導はあまり重視されませんでした。推薦やAO入試等の受験形態が主流になったのはここ最近のことであり、それまでは非常に限られた市場しかなかったため、講義を開いても受講してくれる生徒は多くいなかったためです。また、小論文を本格的に指導するとなると、実際に答案を書かせ、詳細な添削を加え、その上で個別に解説する必要があり、手間と人手とが必要になります。そうなると必然的に経済的な採算が合わなくなってしまうからです。
しかし逆にいえば、大学や大学院で習得する予定のメソッドを、一足先に受験生のうちに身につけることができれば、小論文の受験においては相当なアドバンテージが生じることを意味しています。
実際、論文には学問的センスが表出しやすいことは間違いないでしょう。その意味では、指導で伸ばせる範囲は主要科目と比較して小さいかもしれません。しかし、大学受験レベルにおいてはあくまでも他者との比較によって合否が分けられます。相対的に他の受験生に差をつけることさえできればいいわけです。他の多くの受験生は、小論文に関しては行き当たりばったりの学習しかしていませんから、相対的な意味で指導の有効性は担保されることになります。そのため、こうした指導を的確に行うことができる予備校や塾があれば、できる限り直接に指導を受けた方が合格可能性は大きくなります。
特に小論文の独学は、人によっては空回りが生じやすく、貴重な時間を浪費するリスクがあります。学習は、かけた時間の分だけ学力がアップしていなければなりません。他の科目の場合は、問題を解くことで分からない点が明らかになり、それによって正しい解答にたどり着くまでに何を身につけるべきかが明確になり、そのための知識を記憶・理解するというプロセスが明確です。これに対し小論文は、自分が書いた答案が合格レベルに達しているかどうか、どこが理解できておらず、どこを覚えるべきなのか、現場ではどう考えるべきなのかを洗い出す作業を独りで行うことが困難な性質があります。
繰り返しますが、受験勉強は、かけた時間の分だけ学力がアップしていないと意味がありません。ただやみくもに自分で論文を書いてみてそれを模範解答と突き合わせるだけでは、サイコロを振って六の目がでたら当たり、それ以外だと外れといったような、ただ運任せの学習になりがちです。慣れることで少しは実力もつくかもしれませんが、かけた時間と労力に対してあまりにも得るものが少なすぎます。
また小論文は、合格体験記が最も当てにならない科目でもあります。的確なノウハウが広まっているとは言えない現状において、実際の試験では生のセンスが剥き出しの状態で書かれた答案がほとんどです。本当にセンスがある場合もありますし、それと同じくらいに、たまたま自分に適性がある問題が出題され、他の受験生と相対して出来が良かったために合格したにすぎず、小論文の明確な実力があるわけではないケースもあります。つまり、仮にその指導者が小論文で合格した経験があったとしても、その本質的なノウハウを他者に伝え、再現させることができる実力があるとは限らないということです。このため、小論文の指導においては、大学受験での成功体験よりも大学の成績が良かったり大学院出身者であるかの方が、適性を計る上で重要です。彼らは論文を通じて学問的技能が認められたからこそ、良好な成績を修め学位をとることができたからです。
偶然に頼るのではなく確実に合格するためには、小論文も他の教科と同じようにしっかりと体系的に学ぶ必要があります。そして小論文に関する具体的なノウハウを持つ予備校・塾を利用すれば、より明確な指針をもって学習を進めることができます。
②より短い時間で逆転合格したい
ネットの情報だけで合格しようとした場合、教材を定める作業自体にそれなりの時間がかかります。というのは、ネットの情報は、玉石混交だからです。優れたもの、劣ったもの、どちらも大量に無造作に散らばっています。そのため、高校生・浪人生が拙い知識で本当に価値のある講義を探そうとすると、それ自体に一定の時間が取られてしまうことを避けられません。高1高2の段階ではそういった試行錯誤もネットリテラシーを学ぶ良い経験になるかもしれませんが、現実問題としてタイムリミットがある以上、高3や浪人生にそのような時間的余裕はありません。まして現状では志望校の判定がC以下しか取れていないような切羽詰まった状態にあり、短期間での逆転合格を狙う必要がある場合は、素直に定評ある予備校や塾を利用する方が時間を無駄にすることがなく、合格の可能性が高まります。
英語を例にとると、確かにYoutubeやブログでは非常に分かりやすくしかも高いレベルの講義がたくさん提供されています。ただ、視聴回数をより多く稼ぎたいという意図から、それらは英"会話”に軸が置かれているものが多くあります。大学生や社会人が実践的な英語力を涵養するためには非常にヒントとなり分かりやすいのですが、大学受験対策として用いるには効率が悪すぎます。また、大学受験向けのチャンネルは、膨大な受験英語の全てをカバーする講義を作るだけの収益的なメリットが無いため、インパクト重視のワンポイントの解説にとどまるものがほとんどです。文法を論理的に深いところから体系的に全範囲に渡って説明し、しかも大学受験サイズにコンパクト化されている講義は、私の知る限りありません。
Youtubeやブログは、学習のサブ的な道具として用いる分にはとても役に立ちますが、これをメインに勉強しようとすると、情報の海の中から自分が欲しい情報を探し出す作業に膨大な時間を費やす可能性があります。現状で既に学力的な軸があり、取捨選択の自律的な判断ができる状態であれば問題ありません。しかし、高3まで部活ばかりやっていて学力は高1どまりの生徒が短期間で逆転合格を狙うといったような場合に、じゃあまずYoutubeから良い講義のチャンネルを探そうか、では不味いということです。そういう状態ならば、何をやるかは予備校・塾に一任し、自分は学習そのものに集中した方が圧倒的に効率的です。
③より良い学習環境を整えたい
日々の学習において、勉強する環境を整えることは非常に重要です。座り心地の良い椅子、高さのあった机、適切な照度の照明、空調が効いた静かな部屋、これらは積み重なるとパフォーマンスに大きな差を生じさせます。一番簡単でお金のかからない解決方法は、図書館を利用することです。しかし、もし近くにそのような施設が無い場合、快適に利用できる自習室を目的として予備校・塾に通うことには、十分なメリットを見出せます。
自習室目当てで予備校・塾を探す場合、隣の席との間に広い空間や仕切りがあるか、衛生的で心地よい雰囲気が保たれているかなど、細かいポイントにも注意を払いましょう。毎日のことなので、積もり積もれば当人のモチベーションに大きな影響を与えます。特に女性の場合、女子生徒が遠慮することなく利用できる雰囲気かどうかにも注意を払った方がよいです。たた単に見学するだけでなく、「実際に座ってみていいですか」と声をかけ、そこで学習する自分を具体的にイメージした上で選びましょう。
図書館や学習室の利用は、同じように勉強している周囲の人が目に入るので、モチベーションが大崩れしにくい利点もあります。自室の場合、どうしても漫画やテレビが目につき、部屋を出れば冷蔵庫からアイスを手に取ることができ、母親にいえばごはんを用意してくれるので、一度部屋を出るとなし崩し的に勉強から離れてそのまま一日が終わってしまうことがあります。それに対し、図書館や自習室ではそうしたことは起こりにくくなります。さらに予備校・塾の場合、同じ目標をもつ同世代の仲間と交流できる人的な環境メリットもあります。この点に関連して述べると、宅浪は、やはり孤独との戦いという一面があり、乗り越えるべき課題が一つ増える点では不利な側面があります。とはいえ、各人の性格によるところが大きいこともまた事実であり、煩わしい人間関係から解放される点からは一概に悪いだけとはいえません。色々な事情から宅浪を選ばざるを得ない場合でも、あまり悲観的に考える必要はありません。自宅浪人で合格している人は、確実に一定数存在します。
快適な環境の追求は大切ですが、かといってあまり神経質になりすぎてもいけません。快適な環境を整えることは、あくまでも合格のための手段であり目的ではないからです。大切なのは、自分の置かれた立場の中から最善のものをみつけだす努力をし、合格の助けとすることです。
④医学部受験等で多浪しており、生活習慣を全面的に改善したい
現在は少子化が進み、大学受験も全体的に穏やかになっていますが、それでも変わらずに競争が激しい大学では、多浪は珍しくありません。妥協せずに第一志望に拘る姿勢は応援したいのですが、こうした多浪を重ねる受験生には、生活が崩壊しているケースが少なくありません。中には頻繁に飲み歩いたり、ギャンブルに興じる子もいます。
「受験は生活習慣が大切」といった趣旨の言葉を一度は聞いたことがあるでしょう。ところが、多くの受験生はこの言葉を真剣に受け取ってはくれません。大人がよくいう、ありきたりで中身の無いお説教だと軽く受け取り、右から左に受け流します。「成績が悪いからといって私生活に口を出されたくない」という台詞は、彼らが口にする定番の反論です。中には「成績さえ良かったら私生活が荒れても許されるんだ」と歪んだ認知をして暗いモチベーションを燃やし、ちょっと頑張ってはまた遊び倒すことを繰り返す子もいます。
しかし断言しますが、生活はあらゆる活動の土台です。丁寧な生活が送れていないにも関わらず難関大学に合格しようとすることは、どろどろにぬかるんだ緩い地盤に高層ビルを建てようとするようなものです。仮に合格できたとしても、高い確率で大学生活に頓挫し成績不振となり中退に追い込まれたり、社会人生活が続かず退職することになります。
生活習慣は、戦争でいえば国力です。実際に戦闘機や戦車や軍艦で砲撃の応酬をする局面だけが戦争ではありません。食料を確保できる体制があるか、国民の教育がなされているか、治安が落ち着いているか、などの内政がしっかりしている国家は、統一的な国民的意志のもと一致団結して活動を行うことができ、その結果として対外的な戦争の遂行力も高くなることは明らかでしょう。
そして何より、生活習慣の改善は実行が一番難しい分野でもあります。どの参考書を使うか、どのように学んでいくかは実行へのハードルがそれほど高くないのに対し、起床、食事、就寝、運動などの幼少期から家庭の中で幾度も繰り返されることによって身に付いた習慣を受験期という短い期間で自力で劇的に変化させることは非常に困難です。怠惰な生活習慣から形成された心理状態が、受験というタスクを成し遂げるために非常に不適格なマインドにセットされている場合もあります。
このような場合、一番手っ取り早い解決は家を出ることです。寮に入るなりなんなり、なんらかの大きな変革が不可欠となります。それが難しい場合は、スイミングやジムなどに定期的に通い、肉体面からのホルモン分泌の改善を目指しましょう。それさえも厳しければ、毎日散歩する時間をとったり決まった時間に食事をするなど、最低限の好習慣を自分で作り実践することです。